イッテq 登山部で死者がでた?角谷やメンバー、アイガーなどの詳細まとめ

イッテq 登山部で死者がでた?角谷やメンバー、アイガーなどの詳細まとめ

数々の感動を届けてくれたイッテQ登山部!

イモトと登山部のメンバーの壮絶な戦いや登山への思いや、それまでの大変な過程までも映していますね。

感動もありつつ、やはり面白いこともたくさんあって子供から大人まで楽しめるコーナーだと思います!

そこで今回は、イモトと登山部メンバーがいっなアイガー編についてや、メンバー、角谷さんなど詳しくご紹介していきたいと思います。


イッテQ 登山部のイモトとは

◆イモトのプロフィールとは

本名:井本 絢子(いもと あやこ)

ニックネーム:珍獣ハンター・イモト

生年月日 1986年1月12日(31歳)
出身地 日本の旗 日本・鳥取県西伯郡岸本町(現伯耆町)

血液型 O型
身長 158cm

最終学歴 文教大学情報学部
出身 WCS3期生

コンビ名 東京ホルモン娘(2006年 – 2007年)
相方 バービー(コンビ時代)

芸風 漫談、漫才
事務所 ワタナベエンターテインメント

『世界の果てまでイッテQ!』の珍獣ハンターの企画で一躍注目を浴びます。イモトの父は娘がコモドドラゴンに追いかけられているのをテレビで見て初めて芸人になったことを知りました。

芸人になることに反対していた父はこれを心配し、「鳥取に帰って来い」と言ったといます。しかし後に両親は芸人という職業を受け入れていて、イモトが掲載された雑誌などの切り抜きを集めています。

ハモネプリーグ(フジテレビ)の2007年9月18日に「高木ブーとキャンプ」(文教大学所属)にイモトとして参加。Cブロック最低点で敗退となりました。しかしイモトのキャラクターはすでに確立していて、一番観客の笑いをとったステージでした

2008年、文教大学情報学部広報学科卒業しました。かつては友人女性と共に東京で同居していました(2008年当時)。

2009年8月29日・30日放送の、日本テレビ系『24時間テレビ32』のチャリティーマラソンランナーに選ばれ、女性ランナーでは(男性も含めば2009年時点での)最年少で最長距離(126.585 km フルマラソン3本分)を完走しました。

この日は第45回衆議院議員総選挙のため、放送終了時間までの完走はできませんでしたが、21時12分に完走を果たしました。イモトのゴールは選挙特別番組「ZERO×選挙 2009」内で22時から録画放送されました。

2009年10月、11月10日開幕のグラチャンバレーの応援スペシャルサポーターに就任しました。

2010年11月にTBSテレビで放送された『99年の愛〜JAPANESE AMERICANS〜』で、女優として出演しました。

2013年10月2日、『イッテQ』の企画により、世界8位の高峰マナスル登頂に成功します。

2016年夏にレギュラー出演した日本テレビ系ドラマ『家売るオンナ』では、トレードマークの太眉はなしで、新人営業マン・白州美加役を演じました。

また、写真家として個展も開催しております。海外のロケ先では必ずたくさんの撮影をして来ています。

同郷の鳥取県出身の写真家・植田正治を尊敬しており、2013年7月には植田正治写真美術館「植田正治生誕100年特別企画展 SHOJI UEDA:DUNES」を訪れテレビPRも行いました。

また、2014年10月から11月にかけて植田正治写真美術館で自らが世界各地で撮影した美しい風景や現地の人々の姿など計50点を展示する写真展「地球の絶景珍景写真展」が開催されました。

◆ 登頂できた場所履歴

・2009年5月 キリマンジャロ登頂(標高5895m)

・2010年8月 モンブラン登頂 (標高4810m)(三山縦走(タキュル→モンモディ→モンブラン))

・2011年8月 キリマンジャロ登頂(標高5895m)(2回目)

・2012年9月 マッターホルン登頂 (標高4478m)

・2013年10月 マナスル登頂(標高8163m)

・2015年6月 マッキンリー登頂(標高6168m)

・2016年8月 アイガー登頂 (標高3970m)
その他、合宿、トレーニング、高所順化、テストトライアルクライミングによる登山

・2010年1月 崋山登山(標高2160m)

・2011年12月 西穂独標登頂(標高2701m) (雪山登山、滑落訓練)

・2012年8月 国立登山研究所人口壁登頂(高さ17m)(人工のクライミング・ウォールによるロッククライミング基礎訓練)

・2012年8月 剱岳(源次郎尾根ルート)登頂(標高2999m)(アイゼンによる岩山登山訓練、高所訓練)

・2012年8月 リッフェルホルン登頂(標高2757m)(マッターホルン登頂のテストトライアルクライミング)

・2012年8月 ブライトホルン登頂(標高4164 m)(マッターホルン登頂のテストトライアルクライミング)

・2012年9月 リッフェルホルン登頂(標高2757m)(2回目)(標高差200mのアイゼンによる岩山登山訓練)

・2013年3月 八ヶ岳(南沢大滝氷壁)登頂(高さ21m) (アイスクライミング技術習得訓練)

・2013年春頃 エクスカリバータワー(オランダ)登頂(高さ37m)(人工のクライミング・ウォール)

・2013年7月 槍ヶ岳登頂(標高3180m)

・2013年7月 北穂高岳登頂(標高3106m)

・2013年8月 富士山登頂(標高3776m)(1合目からの登頂)

・2014年2月 キナバル登頂(標高4095m)

・2014年冬 大山登頂(標高1729m)

・2014年4月 メラピーク(英語版)登頂(標高6461m)(エベレスト登頂前の高所順化)

・2015年3月 八甲田山系大岳単独登頂(標高1584m)

・2015年春頃 ルッツォーネダム(英語版)登頂 (高さ165m、傾斜90度)(世界一の人工のクライミングウォール)

・2016年8月 メンヒ登頂(標高4107m)(アイガー登頂のテストトライアルクライミング)

イッテQ 登山部の角谷さんは何者なのか?

日本プロガイド協会会長を務めるイッテQ登山部のチームリーダーとなります。

実は2000年に「ウッチャンナンチャンのウリナリ」でマッターホルン登頂部コーチを務めたこともあるベテラン登山ガイドとなっております。ウッチャン繋がりということですね。

そして2009年からイッテQ登山部と関わるようになりますが、イモトがマッターホルンに登頂挑戦する際にも同行するはずだった角谷さんは怪我で参加できなくなってしまったのです。

2012年3月8日に八ヶ岳で山岳ガイド協会の試験中に受験者の滑落事故に巻き込まれてしまい、大腿部の付根および骨盤の一部を粉砕骨折し人工骨を埋め込むほどの大怪我となってしまいました。

マッターホルンに挑戦するイモトに角谷さんは電話で激励の言葉を贈ります。

「頑張らないで頑張ってくださいね」

といつも登山に同行して励ましてくれる角谷さんがいない中でしたがイモトはマッターホルンを登頂成功させ、さらに成長したのです。

そして角谷さんは医者から歩くことさえ絶望的かもしれないと言われていた怪我を厳しいリハビリで克服して、なんと翌年のマナスル挑戦企画に合流したのです。

今イモトが厳しい登頂を頑張れるのも角谷さんの教えや協力があってこその結果だと思いますね。

大怪我をしてなおまた山に挑戦するというのもすごいお人ですよね!!

今後も登頂するイモトを支えていってくれる頼もしいチームリーダーですね。


イッテQ 登山部のメンバーをご紹介!

◆貫田 宗男(ぬきた むねお)

イッテQ登山部顧問を担当してます。国際山岳ガイドとして知識と経験豊富な大ベテランの方です。

決して山をなめず撤退する決断と勇気を併せ持っです。イッテQ登山部の機材や食糧、登山に関するすべてをコーディネートしています。

マッキンリー、ダウラギリ、チョーオユー、エベレストなど難度の高い山に登頂してきました。イッテQ登山部が始まった時から支え続けている精神的支柱です。あだ名は「天国じじい」となってます。

◆角谷 道弘(かどや みちひろ)

イッテQ登山部チームリーダーです。日本プロガイド協会会長を務めてます。ウリナリのマッターホルン登頂もサポートしたベテラン山男です。

8000m峰3座・7000m級未踏峰にも登頂してまます。2012年滑落事故により大腿部及び骨盤を粉砕骨折するが懸命のリハビリの結果、マナスル登頂に加わりました。隊のすべてに気を配る頼れるリーダーとなります。彼の言葉からは山の優しさがじわじわ伝わってきます。

◆奥田仁一(おくだ まさかず)

登山家、山岳ガイドとしてイッテQ登山部のマッターホルン・マナスル登頂をサポートします。

1998年にカンチェンジェンガで下山中遭難、ビバークし手足指11本凍傷で切断するも、翌年には早くも復帰しチョー・オユーに登頂しました。ネパール語に堪能な日本屈指の山岳ガイドしました。

◆中島健郎(なかじま けんろう)

日本山岳界のホープです。イッテQ登山部の若手メンバーとして隊を支えております。貫田さんの秘蔵っ子として抜擢されました。

◆三戸呂拓也

明治大学山岳部出身の若手クライマーです。山岳界注目のアルピニストです。中島と同様若手メンバーとして隊を支えております。

◆倉岡裕之(くらおか ひろゆき)

七大陸最高峰の登頂をサポートする最強ガイドです。エベレストには6回登頂しています。三浦雄一郎の3度目のエベレスト遠征にも参加し自らも登頂しました。

世界最高齢での登頂をサポートした経験を活かし、イッテQ登山部を支える大黒柱です。

◆石井邦彦・門谷優

イッテQ登山部を支え続けてきた山岳カメラマンです。彼らがいなければイッテQ登山部の様子はお茶の間に伝わりません。重い機材を抱え、撮影しながら登頂を目指すタフな仕事となります。プロ山岳カメラマンとしてのカリスマ的存在な方です。

◆廣瀬あかり

ヒマラヤ遠征も難なくこなす山岳音声です。山の技術に加え、音声の特殊な技術を併せ持つハイパー女子です。弱ったイモトを慰めてくれる素晴らしき女性パートナーでもあります。

◆石崎史郎(いしざき しろう)

登山部主任兼ディレクターです。番組内ではヘタレキャラとして登場することが多いのですが、ひそかに努力を重ねる縁の下の力持ちです。

元構成作家の実力をいかんなく発揮し、台本のないエベレスト挑戦をテレビ向きに演出する才能の持ち主です。やや肥満体系で登山には不向きだと思われておりますが、本人は高所が得意の様子です!

◆イモトアヤコ

イッテQ登山部平部員となります。おなじみのイモトですね。山や登山自体に取り憑かれているわけではないものの持ち前の根性と気合で登ってしまいます。

ちょっとやそっとでへこたれない強い精神を持っています。イモトはイッテQ登山部について、エベレスト登頂断念した時ブログの中でこう述べておりました!

山が大好きなおじさん達が大好きです。

ひょんな事から登山部に入ることになった登山ド素人のスタッフさん達が大好きです。

本当に誠心誠意サポートしてくださるシェルパさんたちが大好きです。

この方達とお仕事できる場所が山なんです。

だからなんだかんだ文句もいいながら登ってるのかもしれません。

なのでここでこんなに大好きな方と解散するのは嫌なんです。

そして山は何より自分自身を毎回成長させてくれる場所なんです。

以上の事がブログにかかれておりました。

彼女の頑張りに胸を熱くさせられることはたくさんあります。もし今度エベレストや他の山に挑戦するとしても怪我無く元気に帰ってきてほしいですね。

イッテQの登山部では死者がでたのか?

2014年4月18日、エベレストの南側で雪崩が発生したため、ネパール人の登山ガイドが死亡する事故が発生し、イッテQ登山部もエベレスト登頂企画を断念することとなってしまいました。

13人ほどが巻き込まれて命を落とすという大きな事故だったのそうです。エベレストで起きた過去最悪の遭難事故となりました。

この時、イッテQ登山部はエベレスト登頂企画の為に5年がかりの計画を実行中で、イモトアヤコの登山部は実際に6000メートル地点ほどにいたようです。

イモトアヤコの登山は世界的な山に登りますので、多くのサポートをされております。それに現地のシャルパと言われるガイドが必要なのだが、そんなシャルパさんの事故が起こったとのことです。

事故にあわれたシャルパさんたちはイッテQ登山部の企画に関わられておりませんでしたが、エベレストに関わる他のシェルパさんたちも次々と撤退を決定していったみたいです。

イッテQ登山部のエベレスト登頂は、ヒマラヤンエクスペリエンスという山岳ガイド会社の登山隊も下山を決めたということが決定的で、日テレの社長が最終的に中止することを決めたそうです。

イッテQ登山部ではこれまで死者が出たことはありません!

イモト本人や番組スタッフが「やれる!」と意気込んでも、同行のコーディネーター等の専門家が少しでも「不安要素」を感じたら即「中止」になると思われます。

それほど、慎重にロケをしてるようなのでこれからも悪いことがないことを祈りたいですね。


アイガーには無事登れたのか?

2016年9月25日(日)に日テレのイッテQで「イモトが挑む!アルプスの名峰アイガー登頂スペシャル」が放送となりました!

アイガーと言えばアイガー北壁が有名でして、アルプス3大北壁の一つになってる難しい山のことです。

そんな名峰を数々の経験を積んできたイッテQのイモトがチャレンジしてみました。

アイガーに挑む前に、アイガーに登る技量があるかのテストがアイガーの隣にあるメンヒでされました。

メンヒの標高は4107mでアイガーの3970mよりも高い山となります。出発から2時間後には、イモトはメンヒの最後に頂上へ続くナイフリッジ(稜線)を歩いておりました。

地元の山岳ガイドが同行していて、イモトとはロープで繋がっておりますが、もしイモトが切り立った道を踏み外せばまず助かることはなとのこと。

しかし、ガイドは不安になっているイモトがもし滑落した場合は逆飛び込みで対応するから大丈夫だと励ますのです。

ちなみに逆飛込みとは、もしイモトが右に落ちたら、ガイドは逆の左にわざと落ちて引っかかって落ちないようにする高度な技術となります。しかし、イモトは恐怖から自信を無くし始めてしまうのです。

山岳ガイドの話では、アイガーはこんなレベルではなく、北壁側は1800m、南側は600m切れ落ちているということだったのです。過度の恐怖があると人間は体力も奪われてしまうので、強い意志を持つことが大切になるようです。

小屋から出発して3時間で、イモトは登頂できました。しかし、イモトの自信は完全になくなってしまいます。トライアルの結果は、イモトは合格となりました。

アイガーの登山行程は1泊2日で、グリンデルワルトから高山列車でアイスメーア駅に行き、そこから3時間歩いてミッテルレギ小屋に行く。

ミッテルレギ小屋までの道だからといって、決して簡単なものではない。イモトたちは急斜面の岩場を登って行かなくてはいけません。

小屋に着いたら、一泊して翌朝5時に起床して出発。そこからからは一気に頂上に向かうのです。門題は天候だった。積雪が多かったり、風が強い場合は閉山になってしまいます。

もし、雪が降ると雪が溶けるまで2~3日かかることもあるようです。しかし、当日の天候は快晴で、雲一つありませんでした。最高のコンディションで登山を開始となりました。

しかし、アイガーの壁はとても急で、テレビで見ていても足元がすくむ。しかし恐怖を克服したイモトは一歩一歩地道に登っていきました。

順調かと思われた登山かと思ったのですが、突然イモトの体調に異変が襲われます。それはなんとイモトは崖の途中で大きな方のトイレに行きたくなっていました…。

しかしアイガーの壁面にトイレはない。そこはたくましいイモト、壁にあるわずかなスペースを見つけて無事に用を足するのです。

これにはガイドも「こんな人は初めてだ!」と言っておりました。ある意味、イモトはアイガーで偉業を達成したかもしれません。

その後、難関のジャンダルムといわれる大きな崖を登り、その後も頂上までのナイフリッジといわれる切れ立った稜線をみごとに歩き切ることができました。

登頂は困難かと思われ、失敗も考えられたのですが、イモトは見事にアイガー登頂に成功したのです!

これからのイモトにも期待が高まりますね!

イッテq 登山部で死者はでたのか?角谷は何者?メンバーは誰か?アイガーは無事登れたのか?詳しくご紹介!についてでした。


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